資産家でないごく普通の家庭でも、遺産相続で兄弟がもめる例は少なくありません。
最高裁判所の司法統計によると、家庭裁判所に持ち込まれる遺産分割事件は、平成12年には8,889件でしたが、令和6年には15,379件に増加。約1.7倍に増えたことになります。
しかも、遺産総額5,000万円以下の事件が全体の約76%を占めており、決して「資産家だけの話」ではありません。
遺産相続で揉める背景には、介護や生前贈与といった家族の歴史を、法律ではうまく組み上げられない問題もあります。実際、家庭裁判所の審判まで進んでも、寄与分(介護などの貢献を金銭的に評価する仕組み)が認められる割合はおよそ2割にとどまります。
この記事では、兄弟間の遺産相続がもめる原因と、特に不動産が絡んだときに起こりやすい対立のパターン、そして揉めないために生前からできる備えを、データと実例をもとに解説します。
遺産相続で兄弟がもめる原因

兄弟姉妹だけが相続人になる場合、法律上の取り分(法定相続分)は人数で均等に分けると決まっています(民法900条)。
兄弟が2人なら2分の1ずつ。3人なら3分の1ずつ。それが民法の原則ですが、現実はそう単純には割り切れません。
長年、親の介護を一人で背負ってきた人。その一方で、住宅資金や学費など、まとまった援助を受け取っていた人。
そういった家族の歴史は、このシンプルなルールには反映されないからです。
これを調整するための制度も、民法は一応用意しています。
特別受益(生前に受けた贈与などを相続財産に加算し、取り分を計算し直す仕組み)と、寄与分(介護や家業の手伝いなど、特別な貢献を金銭的に評価する仕組み)ですが、常に公平に認められるわけではありません。
最高裁判所事務総局がまとめた令和5年の司法統計(家事編)によると、寄与分を求めて家庭裁判所の審判まで進んだ事件のうち、実際に認められた割合はおよそ2割しかありません。
つまり、8割は「特別な貢献」として認定されなかったということです。
家庭裁判所の調停の段階でも、申し立てた側の半数近く(約47.7%)が、立証の難しさから取り下げているのが実情です。
「自分はこれだけやったのに」という思いを受け止める制度設計は難しく、法律の条文と現実的な感覚にズレがあるのも事実です。
このズレが、兄弟間の遺産相続でもめる理由のひとつ。そして、この紛争に「不動産」が絡むことで、さらに深刻化していく理由もあります。
不動産が絡むと揉めやすくなる理由

不動産が絡む相続は、決して珍しくありません。
総務省統計局「令和5年住宅・土地統計調査」によると、全国の持ち家率は60.9%。高齢者のいる世帯に限ると、81.6%まで上がります。
つまり、相続が発生しやすい年代ほど、持ち家率が高いということです。
財産全体に占める価額の割合も小さくありません。最高裁判所の司法統計(令和6年)では、遺産分割事件における財産構成のうち、土地はおよそ34%程度とされています(揉めた事件限定の数字ではなく、遺産分割事件全体の参考値です)。
そして、ここに揉める理由があります。
現金なら、1円単位で公平に分けられますが、不動産はそうはいきません。どうしても、「この家は、誰がもらうんだ」という対立に発展しやすい傾向があります。
もう少し具体的に見ていくと、対立の中身はだいたい類似のパターンに分かれます。
- 住み続けたい人と、売って現金化したい人の対立:実家に住んでいた兄弟は「そのまま残したい」、離れて暮らす兄弟は「売って公平に分けたい」と考えがちです
- 評価額の見方の違い:代償金(不動産を取得する側が、他の相続人へ支払う差額分の金銭)を少なく払いたい側は固定資産税評価額(市区町村が決める、実勢価格より低めの評価額)を、多く受け取りたい側は実勢価格(実際に売れる価格)を基準にしたいと考えます
- 支払う資力があるかどうか:換価分割で話がまとまっても、実際に代償金を払う側に手元資金がなければ、合意は振り出しに戻ります
どれも、現金だけの相続であれば起こらない問題です。
それに加えて、生前のうちにこうした方針を話し合っている家庭は、私の実感としてそう多くありません。
「揉めてから初めて、不動産をどうするか考える」というケースが、実際には大半です。
次は、この対立が長引いた場合、不動産そのものがどうなっていくのかを見ていきます。
揉めている間、不動産はどうなるのか

遺産分割協議がまとまらない間、その不動産は宙に浮いたままになるのが一般的。民法上、これは「遺産共有」(相続人全員が、それぞれの持分に応じて共同で所有している状態)という状態です。
そして、この状態では不動産がほとんど動かせないことが問題です。
売却や建物の取り壊し、長期間の賃貸借契約など、重大な処分行為には、相続人全員の同意(実印と印鑑証明書)が必要になります。
短期の賃貸借などの管理行為であっても、持分価格の過半数の同意が要ります。
つまり、兄弟の誰か一人でも反対すれば、その不動産は売ることも貸すこともできません。
一方で、固定資産税は相続直後から課税されます。誰も住まなくなった実家は、納税通知書だけが届き続け、年に一度、誰かが立て替えて払う、という状態になりがちです。
それが長引けば、「なぜ自分だけが固定資産税を払っているのか」という、新たな不満の種になります。
さらに、人の出入りがなくなった家は、想像以上に早く傷みます。
換気されない室内や建物躯体は、想像以上のスピードで劣化していきます。そのため放置期間が伸びれば伸びるほど、不動産としての価値は下がっていきます。
揉めている間も、時間だけは確実に不動産の状態を悪くしていく、ということです。
相続登記の義務化にも注意が必要

令和6年(2024年)4月1日から、相続によって不動産を取得したことを知った日から3年以内に、登記の申請をしなければならなくなりました(不動産登記法76条の2)。
これは、施行日より前に発生していた相続にも、さかのぼって適用されます。また何年も前の相続については、令和9年(2027年)3月31日までという猶予期間が設けられています。
正当な理由なく、この期限を過ぎてしまうと、10万円以下の過料(行政上の制裁金。刑事罰の罰金とは異なります)が科される可能性があります(同法164条1項)。
では、相続に関して揉めたまま3年の期限が迫ってきたら、どうすればいいのでしょうか。
実務上、選択肢は2つです。
ひとつは、ひとまず法定相続分どおりに共有登記をしてしまう方法です。
過料は避けられますが、後日、特定の兄弟が単独で取得することに決まった場合、改めて名義を書き換える登記が必要になります。ただしその場合、登記費用が二重にかかります。
もうひとつは、「相続人申告登記」(自分が相続人であることを法務局に申し出るだけの、簡易な手続き)です。
こちらは、他の兄弟の同意なしに、一人だけで手続きが完了しますし、登録免許税もかかりません。
ただし、これはあくまで申請義務を果たしたとみなされるだけで、不動産の権利関係そのものが確定するわけではありません。
そのままでは、売却することも、金融機関の融資を受けることもできません。
揉めている間の「とりあえずの対応」としては、相続人申告登記のほうが、選びやすい方法だと言えるでしょう。
次は、ここまで対立が長引いた場合、実際に裁判所まで進むとどうなるのか、その現状を数字で見ていきます。
揉めてしまった後の選択肢(協議・調停・審判)

兄弟だけの話し合いがまとまらなかった場合、次の段階は家庭裁判所の遺産分割調停や遺産分割審判に進みます。
他人事のように思えますが、実は特殊なケースではありません。
最高裁判所の司法統計によると、全国の家庭裁判所に持ち込まれる遺産分割事件は、平成12年(2000年)の8,889件から、令和6年(2024年)には15,379件まで増えています。
この20年あまりで、約1.7倍です。
しかも、これは「資産家だけの問題」ではありません。同じ統計で、遺産総額が5,000万円以下の事件が、全体の約76%を占めるということもわかっています。
不動産のように、簡単には分けられない財産を抱える、ごく一般的な家庭が大半だということです。
当事者の人数で見ても、2人から4人という、典型的な兄弟構成の事件が、全体の約72%を占めています。
「兄弟が多いから揉める」のではなく、「2人や3人という、ごく普通の兄弟構成」でも、調停や審判まで進んでしまうのが実態です。
家庭裁判所ではすっきり答えを出してもらえる?
最高裁判所が公表している報告書によると、調停が成立する割合は、約38.4%にとどまります。
一方で、話し合いが決裂し、裁判官が強制的に分割方法を決める「審判」へ移行する割合は、約29.0%です。
つまり、家庭裁判所に持ち込まれた事件のうち、3件に1件近くは、調停委員が間に入っても合意に至らず、裁判官の判断に委ねられているということです。
期間についても、かなり大変な現実があります。調停の申立てから決着までは、半年から2年程度かかるケースが中心です。審判に移行すれば、さらに半年から1年程度よけいにかかります。
1年から、長ければ数年単位の手続きになる、と見ておいたほうがいいでしょう。その間、不動産は前章で見た通り、誰も活用できないまま、放置されることになります。
そう考えると、裁判所での解決は最後の手段。時間的にも、精神的にも、決して楽なものではありません。
兄弟関係を壊さずに進めるための実務的な進め方

実は、相続で揉めるパターンとしてよくあるのが「第三者が関わってきている」という状況。相続人以外の人が絡むと、話が揉めやすくなります。
逆に、相続人(たとえば兄弟)だけで話し合う場合、スムーズに決着するケースが多い傾向があります。
亡くなった父親の「元上司」が登場したケース
以前、相談を受けた家庭では、母親がすでに亡くなっており、父親も亡くなったという状況で、娘3人が相続人でした。
父親が亡くなった直後、「お父さんの銀行員時代の上司」を名乗る第三者が現れ、「お父さんから財産管理を任されている」と主張してきたのです。
三姉妹はいったん押し切られてしまいましたが、その人物が勝手に不動産を管理し始め「これは怪しい」ということに。そこで、相談が持ち込まれました。
確認してみると、不動産屋(宅地建物取引業者)が売物件の看板を用意しており、どうやら勝手に売却しようとしていたようです。
最終的には3姉妹にこの人物の財産管理を拒否してもらい、同時に弁護士からの内容証明郵便を発出。事なきを得ました。
配偶者が登場すると揉める予感
たとえば両親が亡くなり、兄弟2人が相続する場面。兄弟それぞれの配偶者は、この相続には関係がありません。
しかし、「奥さんがいろいろな権利を主張しはじめて揉めた」というケースはよく見聞します。
たとえば神奈川県某所で知人の母が亡くなったとき、長男の奥さんが「お義父さんの介護をする代わりに、この家をください」と申し出て、いったん兄弟も合意しました。
しかし実際には、ほとんど介護をしないまま父親を放置。数年後には亡くなり、それでも長男夫婦がその不動産を相続することになりました。
配偶者は法定相続人ではありません。
それでも話し合いに加わったことで、兄弟だけなら冷静に話せたはずの場が、こじれてしまった……というのが実情のようです。
また、このケースでは、長男の妻は約束を守っていませんから、お父さんが亡くなったときに土地建物をすべて相続させる必要はなかったかもしれません。
その点、一度専門家に相談しておくべきでしょう。
兄弟だけで話し合う方がよい理由
兄弟関係を壊さないために、いちばん効果的なのは、相続人以外を交えず、兄弟だけで話し合うことだと、私は考えています。
もうひとつ、実務でよく感じるのは、生前からこうした話し合いをしている家庭が、驚くほど少ないということです。
実際に親が亡くなると、葬儀の手配だけで数日があっという間に過ぎていきます。落ち着いて相続の話をする余裕など、最初はまずありません。
だからこそ、生前のうちに、お互いの考えくらいは話しておいたほうがいい、というのが実感です。
それでも、判断に迷う場面は必ず出てきます。そんなときは司法書士に相談してみてください。「法律ではどう決まっているのか」「個別の事例にあわせてどういう手続きをするべきか」などなど、具体的な方針がわかり、迷いが晴れるはずです。
まとめ

遺産相続で兄弟がもめる原因のひとつは、法律上の取り分だけでは家族の事情を整理しきれないこと。
特に相続財産に不動産が含まれる場合は、分け方だけの問題ではなくなります。「住み続けたい」「売って分けたい」「評価額をどう見るか」といったさまざまな論点が、問題となりやすいのです。
その結果、話し合いがまとまらないまま時間が過ぎることで、不動産は遺産共有の状態になり、売却や活用が難しくなります。
その一方で、固定資産税の負担は続き、空き家になれば建物の劣化も進みます。相続登記の義務化にも対応が必要になりました。
兄弟関係を壊さずに進めたい場合は、相続人だけで冷静に話し合い、それでも迷う場面では早めに司法書士へ相談してください。


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